月別アーカイブ: 2015年1月

気仙沼の海小屋:上棟検査。

2015.01.19 気仙沼:雪のち晴れ。

みなさん、こんにちは。
梁建築設計の小林です。

去年の12月に配筋検査を終えた気仙沼の現場。
年明けから工事が再開し、今回は上棟検査です。

ちなみに、東京から気仙沼の現場まで、ドアドアで約6時間半。長旅です。
というわけで、今回はちょっと趣向を変えて、道中の様子も一緒に。
2015.01.19
2015.01.19 上野駅にて。
いつもの通り、やまびこにてまずは一ノ関に向かいます。
今回の旅の友は、黒い画集(松本清張)。

上野から一ノ関までは約2.5時間。2,3編読み終わった辺りで到着です。
福島に入った辺りから吹雪いていましたが、仙台以北は雪は残るものの穏やかな天気でした。
2015.01.19
2015.01.19 一ノ関駅にて。
ここで約30分の電車待ち。
立ち食い蕎麦を食べつつ、電車を待ちます。

そしてここから大船渡線というローカル列車に揺られること80分。
14時過ぎに気仙沼到着。
(気仙沼駅の写真取り忘れた。。。)

そして、工務店さんの車で、ここからさらに20分ほどで、ようやく現場に到着です。
9時前に出発して14時半到着。
この間、読書も半分ほど読了。

2015.01.19
2015.01.19 外部の様子。
工事は予定通り進み、骨組みがほぼできあがっています。
うん、模型通り。いいですね。

2015.01.19
2015.01.19 内部の様子。
こちらは建物内部。一通り金物チェックを終えた後、工務店さん、大工さん、電気屋さんと打ち合わせ。

日中はそれほどの寒さでもなかったのですが、日が陰り出すと急に寒さが。。。やはり東北です。

さて。
今回の出張は、気仙沼の現場の他に、二つほど予定がありました。
東日本大震災の後、仙台にて被害建物の調査を4ヶ月ほど、その後、石巻にてボランティアや復興支援事業を2年ほどやっていたのですが、その時にお世話になった方々を訪問してきました。

気仙沼の現場打ち合わせを終えてから、再び仙台に戻り、まずは仙台で知人と久しぶりの再会。
夜更けまで楽しいひとときを過ごしました。
また、被害調査当時に利用していたホテルに久しぶりに泊まったのですが、フロントクラークの方が、3年前なのに自分のことを覚えていてくれて、とてもうれしくなりました。

2015.01.20
2015.01.20 仙台。
一夜明けて、20日朝。
今日は、石巻へ。

仙台と石巻を結ぶ仙石線がまだ全線開通していないため、電車でいくととても時間がかかります。
そのため、高速バスで石巻へむかいました。

2015.01.20
2015.01.20 石巻。
1時間半ほどで石巻に到着。
1年半前までは、月の半分は滞在していたので馴染みのある景色ですが、なんだかとても懐かしいです。

そして、ここでも懐かしい方と再会。
この方には、当時とてもお世話になりました。
石巻の現場ブログをご覧の皆様はおわかりかと思いますが、当時はなかなか大変でした。
そんなときに、陰で支えてくれた方なんです。

気仙沼の仕事が決まって、宮城を訪れることはしばしばでしたが、気仙沼と石巻ではなかなか寄り道が難しく、ずっと訪問できなかったので、
こうして、再び会えたことがとてもうれしかったです。

仕事はもちろん、旧友を暖めることができた、うれしい出張となりました。
さて、また明日からがんばろう。

ちなみに、なかなか分厚い文庫本でしたが、ほどよいボリュームの短編集で、今回の旅程で読破。
では、また。

常陸大宮市T邸:土地視察。

2015.01.08 東京 晴れ。

みなさん、こんにちは。
梁建築設計の小林です。

気仙沼ブログ2つに加えて、もうひとつありました、新規案件。
というわけで、これでようやく年末分が片付きますw

では、さっそく本題へ。

去る2014年12月30日は、地元の同級生達4人で忘年会でした。
その一人のTくんが、今回のお施主さん、わたくしの幼なじみでございます。

忘年会前に、一緒に敷地を見に行くことにしました。

2014.12.30 敷地全景

こんな場所ですよ。うーん、いいですねぇ。しびれます。
ちなみに、使ってよい敷地は写真に写っている草むら(って言っては失礼かw)部分全体ですが、写真右半分は地目が畑ですので、写真左半分の赤色のところに計画します。

都市計画区域外なので、接道義務(敷地が道路に接していなければならない)はありませんので、このような飛び地でもOKなわけです。

都心や市街地での計画の場合、いかに法規制で間取りや空間を縛られることなく計画するかという部分に重きが置かれることが多いのですが、このような田舎の広々とした大地では、そんな心配はほぼ皆無です。

ですが、その反面、四方八方から建物が見えるため、都心の密集住宅地のように、「裏」という概念があまりありません。
さらに、日当たりが抜群な分、吹きさらしの環境なため、その辺りも注意が必要です。

「都心では法規との塩梅を見て、田舎では自然との塩梅を見る。」

さてさて、どんな計画が生まれてくることやら。
わくわく。

気仙沼の海小屋:配筋検査と模型。

2015.01.08 東京:晴れ。

みなさん、こんにちは。
梁建築設計の小林です。年末の気仙沼ブログを続けて投稿してます。あしからず・・・。

では早速、現場監理の様子をお伝えします。
前回の着工から2週間後、配筋検査のために現場に赴きました。
気仙沼は日を追うごとに寒くなりますね。先々週来たときよりも格段に寒くなっています。
1月2月の現場が、、、、楽しみです!w

まずは全景。当日明け方に積雪の予報だったため、前日養生をしておいてくれたので、その養生を外してもらいます。
さすが東北の施工屋さん、抜かりありません。
2014.12.15 配筋検査。
2014.12.15 全景。

養生が剥がれたところで、検査をしていきます。
2014.12.15 配筋検査。
2014.12.15 配筋検査。

2014.12.15 配筋検査。
2014.12.15 配筋検査。

一カ所一カ所丁寧に施工状況を確認しました。
といっても、小さなシンプルな作りなため、あっけなく終了。
わずかな是正事項はありましたが、大きな問題はなし、順調です。

さてさて。
今回は配筋検査が主な目的でしたが、もう一つ、大事な目的がありました。
それがこちら。

2014.12.15 模型。
2014.12.15 模型。
2014.12.15 模型。
2014.12.15 模型。
2014.12.15 模型。
2014.12.15 完成イメージ模型。

この模型を事業主および施工者に見せて、完成イメージを共有するために、
休日返上で、オープンデスクのMくんと一緒にせっせと作りました。
小さい建物とはいえ、1/30スケールですので、なかなかのボリュームです。

模型からもわかるように、建物はすごーくシンプルです。
コンセプトは、
「かっこいい掘っ立て小屋」

できあがった瞬間から、その場所に馴染んでしまって、目を引かないような建物を目指しています!

では、また。

気仙沼の海小屋:着工。そして2x4との遭遇。

2015.01.08 東京:晴れ。

みなさん、こんにちは。
梁建築設計の小林です。

新年のご挨拶でもお伝えしましたが、今年からデザインスペック改め梁建築設計となりました。
ブログは引き続き継続するのですが、タイトルにver.2をつけてみました。

というわけで、本年最初の現場ブログは、一昨年の11月に設計依頼を受けて、約1年間の設計期間を経て、昨年12月に着工した気仙沼カフェからお伝えします。

では、早速いきましょう。
今回は12月1日、2日の現場監理の様子をお伝えします。

まず、こちらが敷地になります。非常に、コンパクトな敷地です。
ひとことでいうと「せまい(笑)」
2014.12.02 着工。
2014.12.02 着工。

しかも、こんな感じで、すぐ側が海。ロケーションは最高です。
場所は気仙沼市唐桑町の東舞根というところになります。
ここに木造平屋のちっちゃな海小屋を作ります。

ちなみに、
上野駅から一ノ関駅まで新幹線で2時間半、そこから大船渡線というローカル線で一ノ関駅から気仙沼駅まで1時間半、さらに気仙沼駅から車で約30分。
乗り継ぎ時間も合わせると、合計で片道5時間ぐらいです。
長いと言えば長いのですが、一昨年の石巻の経験があるからか、電車での移動はむしろ快適だったりします。
思う存分読書ができるのでw

地盤レベルの確認をしています。
2014.12.02 着工。
2014.12.02 着工。

津波で護岸も破壊されており、敷地も嵩上げしている場所なので、登記されている敷地情報と現況にズレがありますので、現況測量を優先して基準となる地盤面の高さや建物の配置基準点を設定しました。
これで、いよいよ着工となります。
施工期間はおよそ4ヶ月強。
竣工は4月の予定です。

ということは、厳寒期の1月2月の現場監理・・・・がんばります!

さて。
現場打ち合わせのあと、津田産業さんの東北支社(本社は大阪)の視察に伺いました。
というのも、今回の建物は木造は木造でも2x4工法という在来工法とは違った工法にて施工されます。
私自身、2x4工法の採用は初めてとなるので、勉強も兼ねての視察というわけです。

2014.12.02 着工。
2014.12.02 こちらが施工業者の津田産業さんの東北支社になります。

2014.12.02 着工。
2014.12.02 
工場の内部。在来工法ではプレカット工場(もしくは手刻み)で柱や梁を加工したものを現場で組み上げていきますが、2x4工法では、このような工場であらかじめ壁パネルを作成し、現地に運んで設置するという作り方が基本となります。

実際に他の現場用のパネルなども視察させていただき、だいぶ施工工程のイメージができました。

さて、組み上がるのが楽しみです。
(と、その前に、基礎工事がありますがw)

新年のご挨拶とお知らせ、と。

皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

早速ですがお知らせです。
去る2014年11月に、設計仲間の白井(アトリエ・アーキクラフト代表)と共に、「株式会社 梁(りょう) 建築設計」 を設立しました。
10年間個人事業として一級建築士事務所デザインスペックを運営して参りましたが、これに伴い、2015年1月より、建築業務は梁建築設計の方に移行します。

2015.01.01

というわけで、
改めまして、梁建築設計の小林です。

思えば、この10年、いろいろなことがありました。
初めて手がけた、実家のガレージでは、大工の見習いをしながら、半分自分で施工もしました。
毎年、雨漏りに悩まされる刺激的な処女作となっていますが、10年の時を経て、いい感じでカスタムされております。

その後、一時的に三浦愼建築設計室の管理建築士をしていた時には、軽井沢でとてもユニークな別荘を手がけました。
構造的にも空間的にも評価を受けて、当時の建築雑誌で表紙を飾ることもできました。
しかし、まだまだ若輩者だった私にとっては、なかなか大変な現場でした。
工事が始まると、現場近くのホテルに常駐し、日夜建築の勉強と現場の予習復習の毎日。
軽井沢にいながら、一切観光らしいことはできませんでした(仕事だから当たり前ですがw)
そして、当時の施工会社の現場監督に色々叱咤激励を受けながら、建築の知識や経験はもちろん、人間的にも色々と成長させていただきました。

また、その当時の事務所スタッフ3人(小林・白井・平山)と共同で、社内ベンチャー的に春日部の住宅を手がけました。これが住宅の処女作になります。
こちらはDOMAという作品で、やはり雑誌やテレビなどでも取り上げていただき、東京ガス賞というものも頂きました。
これを機にアーキテクト*マシーンという設計共同体をつくり、その後もYANEKABEと住宅をいくつか手がけました。

ちなみに、アーキテクト*マシーンとして活動しながら、小林はデザインスペックとして、白井はアトリエ・アーキクラフトとして、平山はアトリエhHとして、それぞれ活動を続けていました。

店舗設計では、日立市のサーフショップが処女作となりました。こちらの施工を手がけていただいたウッドベル・ワンの鈴木さんには、今でも懇意にしていただいており、茨城の現場はほとんど、彼に手がけてもらっています。
サーフショップも色々と困難の多い現場でしたが、無事に完成した時は、本当にうれしかったのを今でも覚えています。
鈴木さんに何かお礼をしたくて、彼が好きだというヴィンテージ・マッカランを贈答したのも、なんだかよい思い出です。
(高かったなぁw)

足立区の有名ラーメン店「田中商店」も手がけさせていただきました。こちらがリノベーションの処女作になります。
男気あふれる店長の田中さんにビクビクしながら(笑)も、無事に完成し、今でも変わらず行列のできるお店の前を通ると、当時を思い出し、うれしくなります。

同じく店舗でリノベーションの2作目は、ひたちなか市のエステ店RUANAでした。
こちらももう7,8年経ちますが、オーナーさんからは毎年年賀状を頂き、その後の様子もうかがえてうれしい限りです。

また、大学の先輩との共同設計で足立区に共同住宅も手がけました。
こちらは事務所(当時は自宅兼事務所でした)からほんとに近くで自転車で現場まで通っていました。

そのほかにも、茨城埼玉を中心に住宅をいくつか手がけていました。

そんな折の2011年3月11日。
東日本大震災がありました。

実家も被災したため、確認のために10時間かけて行きました。
そして実家の修繕をしたのち、再び東京に戻ったところで、大きな転機がありました。

仙台への出張です。
ここから、デザインスペックと宮城とのつながりが始まりました。

3月から8月まで仙台で被災家屋の調査に携わり、その後、石巻にボランティアに行きました。

ボランティアで泥かきをしているうちに、ひょんなことから自分が建築士であることを伝えると、いろいろな方から家をどうにかしたいという要望が出てきて、修繕のお手伝いや支援金の申請のお手伝い、建物の無料相談などをするようになりました。
そして、石巻にも事務所を構えることになりました。

住宅の修繕をいくつか手がけましたが、その中で、上海楼飯店という中華料理店の修繕を依頼され、引き受けました。
こちらは、石巻にボランティアにいってすぐに泥かきしたお宅でした。
ちょうど、震災があって1年後の頃、14:46の追悼サイレンがなる中での現場監理だったのを覚えています。

完成後、初めて店主がごちそうしてくれた中国ラーメンの味は今でも忘れません。

また、この頃から、住宅の仕事がどんどんと舞い込んできて、地元の同級生の家(こちらも震災で被災したための建て替えでした)を手がけたり、ボランティアで産廃となる木材を東京からはるばる石巻まで運んできてくれた方と知り合いになり、葛飾区に家を建てたいということでその設計依頼を受けたり、ウッドベル・ワンの鈴木さんのつながりで水戸の家の設計依頼を受けたりしました。白井との共同設計で世田谷でも住宅を手がけました。そしてさらに、石巻でも新築の依頼もありました。

そんな感じで2012年、2013年は石巻と東京を行ったり来たりの生活でした、ほぼ車での移動でしたので、いったい何万キロ走ったのか、今では気が遠くなりますが、遮二無二がんばってやっていました。

しかし、いろいろなハプニングはあるものです。
石巻の現場でちょうど建て方が終わった頃、施工会社が倒産してしまいました。
時に2013年3月11日、震災があって2年後でした。
今でもそうですが、当時は工事業者が引く手あまたの状況でして、とても倒産後の後工事を引き受けてくれる業者などいませんでした。
そこで、無謀かもしれませんが、自分が工務店の代わりも引き受けることにしました。
文章に書くと一瞬ですが、ここは本当に、大変でした。
当時の状況は、是非石巻W邸のブログを見ていただきたいと思います。がんばりました、わたくしw

2013年の夏、無事に石巻の新築を完成させることができました。
色々痛手もありましたが、たくさんの方に支えていただき、やり遂げることができました。

この新築を機に、石巻からは一旦離れることになり、ちょうどその頃工事が始まった葛飾の現場監理を行いながら、水戸の家の設計を進めつつ、新たに相談のあった草加の家の設計相談と、関東の仕事に没頭する毎日が続きました。

そして2013年11月、白井のお誘いを受けて、上野の事務所をシェアすることになりました。

宮城から離れて半年、新しい環境で仕事に没頭するようになったのもつかの間、やはり何かの縁なのでしょうか、再び宮城でお仕事をすることになります。
しかも今度は気仙沼。石巻よりさらに北です。ほぼ岩手です。
これはさすがに車では厳しく(石巻も相当大変でしたがw)、今のところ新幹線と在来線で行き来しています。

こちらもいろいろなハプニング続きで、なかなか進展しなかったのですが、昨年末、ようやく現場がスタートしたところです。

そして、そんなタイミングの2014年11月。草加の家の引き渡しと同じ頃、白井と兼ねてから相談していた、法人化が実現することになりました。
そんなわけで、デザインスペックとしての最後の設計が草加の家でした。

こうして振り返ってみると、すべてのプロジェクトに何かしらのハプニングがあったなあとしみじみ思います。
(本文では割愛している部分も多いですが、ほんとに色々ありました)
でもハプニングというのは、決して悪いことばかりではないと思います。
逆にスムーズに事が進む方が、怖いことかもしれません。

自分の仕事の仕方は、あまり器用な方ではないと思います。だから、ハプニングがあれば、それとがっぷり四つに組んでしまいます。
決して楽な仕事の仕方ではないですが、それが責任というものだと思います。

建築はその人の人生を大きく左右する存在だと思います。
その責任をひしひしと感じながら仕事できることを、とてもうれしく思います。

というわけで、ながながと回顧録を失礼しましたw
今後とも、よろしくお願いします。

あ、ブログの方は、梁建築設計に変わっても、しばらくはこの「ひねもす・らいふ」を利用しようと思っていますので、引き続きよろしくお願いします。

株式会社 梁 建築設計
代表取締役 小林 良